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色々ないろいろを

車窓から

この春から息子は社会人となり、勤務地が埼玉の奥地に決まったので、昨日、私は下宿候補の下見をするため二時間かけてその地に出かけて行きました。
新宿で、湘南新宿ラインに乗り換え北へ北へ。


乗り込んだ電車の箱座りの座席の向かい側には、ご年配の婦人とその娘さんくらいの年頃の女の人が座っていました。
女の人の手には仏花のような同じ花束が二つ。
そしてご年配の方の手には古ぼけたくまのぬいぐるみが、布の手提げに体を埋めて抱えられていました。ぬいぐるみは、いつもその袋に入っているかのようなぴったりのサイズ感でした。
くまはミントグリーンの手編みの帽子をかぶっていて、子供用のTシャツを着ています。
あきらかに誰かの生活とともにあったのだろうと思わせるよれた毛並みのそのくまを、ご年配の婦人は膝の上に抱えてなおかつ、車窓の外を見せてあげようと、くまの手を窓枠に乗せてあげていたのでした。
私は一瞬、認知症かはたまた、別の精神疾患のある方なのかな、と思いましたが、娘さんとおぼしき方との会話の感じではそのようではなさそうでした・・・。
婦人の様子は多分、自分の行動や姿が周囲にどう思われ見られるだろうか、というメタ認知より、ぬいぐるみの中の誰か、きっと、お子さんかお孫さんか、もしくは愛犬とかなのか、その誰かに寄せる思いのほうが、自制はしていても自然とあふれ出ているような、そんな姿に感じられました・・・。

電車は埼玉の中心街を過ぎ、のんびりとした田畑が広がる風景になってきた頃、某駅で、お二人は降車して行きました。
私はホームを歩くお二人の後ろ姿を見送りながら、知り得ないその物語をも見送りました。


ここ数年春の時候は、私はミルクボランティアをしていて、ネズミのような小さい猫の乳飲み子を育てていたせいもあり、か細い命の気配に敏感になっていました。
その状態の私の心の振動に、どうもその知り得ない物語が共鳴してしまったようです。

ぼんやりの涙をためた私を乗せて、まだまだ電車は北へ北へと進みました。



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修羅場

音楽の仕事を久しぶりにした時に感じたのが「あああ、このしんどさとスピードだったよなぁ~」という感想でした。
まぁ、私が仕事をしていた音楽のジャンルの現場は売れてお金になるような類ではなくて、そこにいるミュージシャン達は皆、「足を切り落とさなければ踊ることを止められない赤い靴」を履いているようなカルマの人達で、
一緒にする仕事の内容のみならずコミュニケーションにも、独特のスピードとしんどさが漂う世界でした。

先日の私のCD制作におつきあいいただいたピアノの黒田さんもかなりの方で(笑)、彼女からのメールを開ける時はいつも「何が書かれていても必要以上にめげない!」と自己暗示の気合を入れてから開封をしておりました(笑)。
それでも、自分が対峙しなくてはならない課題満載の状況をそのメールで思い知らされると、どっとしんどさが覆い被さり、ぼーっと思考停止していると次のメールが届いたりして(大笑)、情報処理のスピードにも翻弄される状況でした。
正直、地域のおばさんの日常には絶対ない世界でしたが、どこか私には忘れていた体温上昇を感じる嬉しさがありました・・・。
そして、そのキツイ指摘にも何一つ恨みがましい気持ちは私には起こらなくて、彼女の真っ正直さがただ眩しく、そうだよなぁ・・・と心から思う素直さも引き出されてきて、結果、私の心にはただ、ただ感謝の気持ちが残るのみでした。
とてもいい関係を築かせていただいたと思っています。
そのお礼の気持ちを込めて、ライナーノーツのspecial thanks欄に彼女の名前と共に(Nothing compares to you!)と刻ませていただきました、いや自己満足ですけど(笑)。



その、いい仕事をする上でのパッションを見習い、私も持ちたいと思ったのですが、
何分、地域のおばさんの世界ではお門違いなのです。
そんな修羅場はいらんのです。
そりゃそうだよね、私が間違っていたよ。
作品を作る世界ではないのだから。

なので、私の心は蝙蝠の形になって、アーティストの世界と地域の上空をパタパタと舞っているのです。
本当はどちらでもない世界に飛ぶべきだったのかと、夕焼けの空に蝙蝠の形の私の心が漂っているのです。


噛む

引き続き引き続き、東田直樹さんの本を読んでいます。
その「自閉症の僕が跳びはねる理由2」から。

僕はタオルをかんだり、鉛筆をくわえたりして物を口に入れると、何だか安心するのです。
くやしくなると、爆発しそうになります。その気持ちを抑えるときにも、服の袖口やタオルを噛みます。
じっとしていても気持ちが収まらないとき、何かを噛むと、ぱんぱんだった風船の空気が少しずつ抜けるように、くやしい気持ちがしぼんでいくのです。(46p~47p)







息子が2歳児ぐらいの、多分彼の人生の中で一番、自閉症児として不安感が強かっただろう頃に、私は四六時中噛まれていました。

息子は猿の仔のようにいつも私にしがみついていて離れず、トイレだろうがお風呂だろうが、洗濯物を干すときも畳むときも、私の一部分をつかんでいて、うっかり放していることに気が付くと泣き叫びました。
当時、まったく言葉を話さない状態なので、彼は目の前のこの生き物とはぐれたら生きてはいけないと本能的に感じていて、私に触っていないと不安らしく、かといって私は立って歩き家事をするのですから、その息子の要求に応えられない状況があるわけで、結果、彼は絶えず不安で私を噛みました。
けっして私を痛めつけようという意思があって噛むのではなく、私の服を噛んでいるうちに中身の私まで噛んでしまうのでした。
1日に何度も不意に、小さい歯で、ぎりっと噛まれることは私にとって虐待のようなもので、「痛い痛い、逃げたい」と思っても、彼は泣きわめいて私を追い、すがりよじ登って、またいつしか噛みます・・・。

身体的に痛い行為を繰り返し受け、しかも逃げられない。そういう状況下にあると心は無気力になります。
いちいち感じていると生きていけないので次第に何も感じないようになるのです。

あの頃の私には世界の色がありませんでした。




再び、私の世界に色が還ってきたのはいつのことだったでしょうか。
多分・・・、
息子が言葉を発見し、言葉を使い、人の世に参加し始めた頃なんだろうと思います。


カウンセラーと編み物


東日本大震災後、私は福島で「編み物」の力を思い知った 「無駄」に思えるもののチカラ



ある、私とは一年程のお付き合いのあったカウンセラーさんが、被災地にボランティアに行った際、当時カウンセリングなんて全くしなくて、ただ黙々と公民館で被災者の方々と一緒に編み物をした・・・、という体験談を聞かせてもらったことがあります。

その体験談を聞かせてもらった頃に、私は「傾聴」を学んでいたのだけれど、学べば学ぶほど迷いばかりで、ストレスが積もり眠れなくなって、ある朝リビングで倒れて動けなくなり、その、床に横たえている状態の私に飼い猫が寄ってきたので、「助けて、とーさんを呼んで・・・」と話しかけたら、「早く朝ごはんちょーだい」とばかりにガブリと噛まれて、その時、そうだよな、猫は私の心配なぞしない、私も人の心なんてどうでもいいんじゃないか、と思って、その道から撤退を決めたのでした・・・。

私は今までの人生で、素晴らしいと思えるカウンセラーさんにも心理士さんにも会ったことがない(笑)。
認定心理士の自分も含めてそんなもんだと思う、とりたてて素晴らしい人物なわけがなくて、何も解決せしめない。

そんな私でも編み物をすると少しは気が晴れる。
きっと、私は私の中で二者に分かれて一緒に編み物をするからだろうと思う。
カウンセラーの私と、カウンセリングを拒んで黙々と編むしかない私と、一緒に時間を編んで、ただ納得するのだと思う。



本日発売だそうです


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大友良英さんの「GEKIBAN1 soundtrack archives vol.1」というCDが本日発売だそうです。
ビクターエンタテインメントからVICL65133 、3000円+税です。

このCDは、連続テレビ小説「あまちゃん」や、大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」など、数多くのサウンドトラック(日本の映画やテレビの世界では、このサウンドトラックのことを劇伴と呼ぶそうです)を担当した大友さんのお仕事、アーカイブスという内容のものです。
その数多くのお仕事の中から、1996年に私が参加している曲も収録になりました。
T11・太陽有耳「太陽に暴かれて」メインテーマ、という曲です。
大友さんの劇伴のお仕事では最初期の頃の映画音楽の一つで、香港のイム・ホー監督、ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞の作品、とライナーノーツには解説があるのですが、
ワタクシ、結局、完成したこの映画を観たことがありません(笑)。
多分、日本では大々的に公開はされなかったんだと思います。そういう訳でサウンドトラック盤も制作されませんでした。
このような経過もあっての今、収録なんだと思いますが、
歌った私でさえ詳しい感じを覚えていなくて、「へー、こういう感じに仕上がったんだ・・・」と、このCDを聞いて思いました(大笑)。

良かったです、陽の目を見ることが出来て。
23年前の私の声が今やっと公開なんて、タイムカプセル過ぎて戸惑いますが(笑)。
大友さん、ありがとう~。